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東京高等裁判所 昭和63年(行コ)9号 判決

控訴人(原告) 會津勇 外二名

被控訴人(被告) 東京都知事

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

一  控訴人らは、「一 原判決を次のとおり変更する。被控訴人がした、1 控訴人會津勇に対する昭和六〇年八月五日付け、2 控訴人有限会社玉乃湯(以下「控訴人玉乃湯」という。)に対する同年六月二〇日付け、3 控訴人板井良子に対する同年八月五日付け、の各公文書非開示決定処分をいずれも取り消す。二 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

二  当事者双方の主張は、それぞれ、原審における各主張を敷衍して次のとおり述べたほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人側)

1  審議会の議決内容

部会につき「会議の要録を作成し、これを答申後公開する。」と議決することは、何ら部会の会議録を非開示とする議決をしたことを意味しない。すなわち、本件非開示議決なるものは、従来は、総会については、会議及び会議録を公開し、部会については、会議を非公開として会議録については正式な記録を作成しない、という取扱いをしていたところ、公文書開示条例の制定後、条例の趣旨を尊重して、部会の会議自体は依然非公開とするが、部会につき正式な記録のなかった従来の取扱いを改め、会議要録という正式の記録を作ってこれを答申後に公開するように議決したというものにすぎない。そして、部会の会議録については、審議会の庶務を担当する環境保全局の職員が事実上作成し、管理していたもので、審議会の文書として使用されることもなく、委員は随時見せてもらうにすぎなかった。このような文書について審議会が公開・非公開を決定するということは考えられない。むしろ、部会の会議録については全く意識されずに議決がされたとみるべきである。しかも、現実に作成された会議要録をみると分かるように、この会議要録は、形態的、内容的、機能的に会議録の代替文書としての意味を持たないものである。

したがって、「会議の要録を作成しこれを答申後に公開する。」と議決するということは、「会議録と会議要録との併存を念頭におき、会議録の代替文書として会議要録のみを公開する」という趣旨のものではおよそない。なお、そうであるからこそ、昭和六〇年一二月二三日開催の審議会総会において、改めて、わざわざ部会の会議録、会議資料を非公開とすることの確認を行ったものと考えられる。

また、被控訴人の主張する本件非開示議決なるものは、担当部長から部会の会議録の取扱いにつきはっきりした説明もされないままされたものであって、その意味するところが必ずしも明らかではなく、文書化された場合と同程度に明確で二義の解釈を許さないような議決とは到底評価できないから、公文書開示条例九条六号前段の「議決」には該当しないというべきである。

2  合議制機関等が非開示議決をする要件と本件非開示議決

合議制機関等が非開示の議決をするに当たっては、個々の公文書を特定し、その内容によって、開示しない実質的理由を個別的、具体的に判断することを要し、右の議決は、その上で明確にされなければならない。少なくとも、その具体的内容を問わず、事前に一律に非開示とするような議決は、公文書開示条例九条六号にいう「議決」には当たらない。

このことは、以下のとおり、憲法の規定等や公文書開示条例の制定経過等に照らし明らかである。

(一) 本件で問題となる情報開示請求権は、国民の知る権利の行使を妨げる政府の行為の排除を要求するとともに、政府に積極的な情報公開を義務付ける権利で、「公共的事項に関する表現の自由」として憲法上尊重されなければならないものである。もっとも、実定法上の根拠なくして直ちに国民に個別、具体的な権利として情報開示請求権が保障されるというわけではなく、国民が個別、具体的な権利として情報開示請求権を有するには、法律、条例などによる情報公開の制度が必要である。この情報公開制度によって認められた情報開示請求権は、正に「知る権利」を現実に具体化したものである。

そして、法律、条例によって一度具体化された情報開示請求権は、憲法や市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「B規約」という。)と一体となって、憲法上、国際人権規約上の保障を受けることになる。

ところで、憲法二五条の生存権は、法的な権利ではあるが、その内容は具体的でなく、したがって、生存権の具体的実現のためには実定法の定めが必要であると解されているが、生存権を具体化した法律が制定され、具体的な受給権が認められると、受給権は憲法上の権利である生存権と一体として保障され、その法律に併給禁止規定や国籍要件規定などの支給制限規定が存するため受給権が制限されるときは、支給制限規定の憲法二五条適合性を問題とし得るとするのが、判例・通説である。この考え方からみても、憲法上の権利の中で優越的地位を占める「知る権利」について、これを具体化した情報開示請求権を制限する規定の憲法適合性が審査されないということはあり得ない。

本件についていえば、「知る権利」が公文書開示条例五条という実定法上の根拠により、情報開示請求権として具体化されたのであるから、この情報開示請求権を制限する同条例九条六号の適用除外事項の憲法及び国際人権規約適合性の審査がされなければならない。

そして、「知る権利」は民主政、国民主権の実現に直結するもので、優越的地位を占める基本的人権であるから、その制限の合憲性の判定には極めて厳格な審査基準が定立されなければならない。この点については、未決拘禁者の新聞・図書等の閲読の自由の制限に関する最高大昭五八・六・二二判(民集三七巻五号七九八頁)の判旨や「東京都の情報公開制度は行政に恣意的な判断を与える余地のあるものであってはならず、情報開示請求権の適用除外事項については、その細目を含めて明確かつ限定的、かつ、必要最小限のものでなければならない」とする公文書開示条例の立法事実に照らすと、〈1〉 具体的事情の下で、請求者に当該情報を開示することによって情報を非開示とする目的を確保するために放置することのできない程度の障害が生ずる相当の蓋然性があり、〈2〉 情報開示請求権の制限の程度が、右障害発生防止のため必要最小限の範囲内にとどまる場合であり、〈3〉 また、当該情報の開示制限が必要とされる程度と情報開示請求権の重大性、これに対する制限の態様、程度等を較量し、情報開示請求権を制限してもやむを得ないと判断される場合、の三つの要件を満たしているような場合に、初めて明確かつ限定的な制限根拠規定に基づき、情報開示請求権を制限することができるというべきである。

また、B規約一九条三項ただし書は、「その制限は、法律によって定められ、かつ、次の目的のために必要とされるものに限る。(a)他の者の権利又は信用の尊重、(b)国の安全、公の秩序又は公衆の健康若しくは道徳の保護」と規定しているから、知る権利の能動的側面である情報開示請求権の制限は、右規約の(a)、(b)の目的のために必要とされるものに限って許されることになる。

ところで、公文書開示条例九条六号の立法趣旨は、「合議制の機関等においてその意思形成に関し微妙な討議の過程を必要とする場合があり、開示すれば有用な結論への到達を妨げられることがあり得ないではないことを慮ったためにおかれたもの」であるから、同号を形式的に適用して、「知る権利」がその制限目的に必要な限度を越えて制限されたような場合には、その適用の限度で非開示決定処分は、違憲、違法となる。すなわち、同条例九条六号にいう「議決」が仮にその合理的理由を問わず、ただ形式的に存在すればよいとすると、「知る権利」をその制限目的に必要な限度を超えて制限するような非開示決定処分がされる可能性があるが、そのような非開示決定処分は、右のような適用の限度において違憲、違法である。したがって、同条例九条六号にいう合議制機関等の「議決」とは、合議制機関等が情報の内容を検討し、非開示とすべき実質的理由の有無を判断した上での議決でなければならないという解釈は、憲法二一条及び国際人権規約に違反しないために最小限要請される合憲限定解釈である。

(二) 公文書開示条例九条六号にいう議決とは、情報の具体的内容を検討し、非開示とすべき実質的理由の有無を判断した上での議決であることを要するとする前記解釈は、本条例の立法経過によっても裏付けられる。

すなわち、同条例九条六号は、「都の事務・事業の公正又は円滑な執行を著しく困難にするおそれがあるもの」という適用除外事項を「明確かつ限定的」かつ「必要最小限」にするために四類型に分解して設けられた条項の一つである。東京都情報公開準備委員会が昭和五七年一二月に発表した「都における情報公開制度(情報公開制度準備委員会報告書)」(以下「報告書」という。)は、その一四頁において、適用除外事項として、「都が実施する事務・事業に関する情報であって、公開することにより、当該事務・事業の公正又は円滑な執行を著しく困難にするおそれがあるもの」とする条項を設けることを予定していたものであるが、「この項目は、解釈運用のいかんによっては、非公開とする行政情報の範囲をいたずらに拡張することになり、制度の存立を危うくすることになりかねない。」とする危険性が強調されたため、「これを国等関係情報、合議制機関等関係情報、機関内・機関間情報及び行政運営情報の四類型に分解し、規定の具体化に努めた」ものである。そして、本条項を独立させたのは、合議制機関等は、その意思形成に関し微妙な討議の過程を必要とする場合があり、開示すれば有用な結論への到達を妨げる場合があり得るからである。したがって、このような立法経過からしても、同条例九条六号にいう合議制機関等の「議決」は、情報を開示すると合議制機関等の意思形成に関し、有用な結論への到達を妨げ、ひいては事務・事業の公正又は円滑な執行を著しく困難にするおそれのある場合になされなければならないことになる。また、これを実質的にみても、合議制機関等関係情報についてだけは、形式的な議決で非開示としてもよいという合理的理由を見出すことができない。形式的な議決だけでもよいとすれば、合議制機関の恣意的な判断により何ら行政執行上の利益を害さない情報についてまで非開示とされる危険性があり、情報公開制度の基本原則が否定されるからである。

以上のように、公文書開示条例九条六号にいう議決とは情報の具体的内容を検討し非開示とすべき実質的理由の有無を検討した上での議決であることを要するという解釈は、本条例の立法趣旨を担保する解釈である。

(三) また、合議制機関等は、公文書開示条例一〇条の趣旨を考慮に入れて、開示請求された文書の一部を非開示とする議決をすることによって、非開示とする目的を達成することができないか否かを判断しなければならないところ、そのためには、当該公文書のうち発言者名等一部を非開示とするだけでは非開示とする目的を達成できないかどうか等、情報の具体的内容を検討し、非開示とすべき実質的理由の有無を検討する必要が出てくる。

しかし、審議会は、昭和六〇年一月二八日開催の会議において、情報の具体的内容を検討し、非開示とすべき実質的理由の有無を個別、具体的に判断した上で、非開示の議決をしていない。

また、出席委員の氏名の記載部分を開示しても部会の審議及び結論への到達を妨げるということはあり得ない。審議会及び部会の委員名簿が開示されている以上、委員の出欠だけを非開示とする理由はない。そのほか、会議録相当文書中の事務局説明部分も、容易に分離可能で、開示しても部会の審議を妨げるということはないはずである。ところが、本件の議決は、公文書開示条例一〇条の趣旨を全く考慮していない。

3  審議会の裁量権の逸脱又は濫用

(一) 公文書開示条例が審議会に情報を非開示とする議決をする権限を与えたのは、「合議制機関等においてその意思形成に関し微妙な討議の過程を必要とする場合があり、開示すれば有用な結論への到達を妨げることがあり得る」からである。したがって、開示しても何ら有用な結論への到達を妨げることがあり得ない情報についてまで非開示の議決をすることは、本条例の趣旨・目的に反し、また、考慮すべき事項を考慮せずにされた議決であって、審議会の裁量権の逸脱・濫用となるところ、審議会において、第一部会の審議過程を記載した会議録を非開示とした議決は、前記のように、第一部会における公文書に記載された情報の具体的内容を検討し、当該情報を非開示とすべき実質的理由の有無を個別具体的に判断した上での議決ではない。

(二) また、控訴人らの開示請求時点では、既に本件建設事業についての環境影響評価審議は終了していたことや控訴人らは原判決後勝訴部分にかかる文書の開示を受けたが、右文書には何ら開示すると有用な結論への到達を妨げるような性質の情報は含まれていなかったこと、また、神奈川県では同じ種類の情報が公開されていること等に照らすと、控訴人らの請求に係る文書を開示することが本件事業について有用な結論への到達を妨げる場合に当たるとは到底いえず、非開示とすることにつき何ら合理的理由も存しないというべきである。

(三) また、審議会の部会は、増加する答申案件を迅速に処理するために設置されたものにすぎないのであって、部会については審議会と異なる特別に微妙な討議の過程が必要であるということはいえないものであるところ、本件では審議会の会議録は公開しているのであるから、部会の会議録だけは公開しないとすることに実質的理由がないことが明らかである。

(四) したがって、本件非開示議決は、審議会が裁量権を逸脱・濫用したもので、無効な議決であるから、同議決を前提とする本件各決定は、その前提を欠き、同条例に基づかない処分であって違法である。

4  被控訴人の裁量権の逸脱又は濫用

公文書開示条例九条本文の「開示しないことができる」とは、請求のあった公文書公開の例外として、実施機関に当該公文書の開示をしないことができる権限を与えたものであって、公開を禁止する範囲を定めたものではない。このことは、情報が適用除外事項に該当しても、実施機関は開示・非開示を決定する裁量権を有することを意味する。右の解釈は、条例の以下のような立法経過や憲法解釈等から明らかに導き出せるものである。

(一) 本条例の立法過程にあっては、〈1〉適用除外事項は、地方公務員の一般的守秘義務を特定し、具体的に客観化したものと解する立場と、〈2〉条例上の適用除外事項は原則公開の例外を類型化し特定化したものであるが、地方公務員法上の守秘義務規定は、職員の服務規律等の保持と公務の適正確保を目的としており、両者は互いに目的を異にしているとする立場とが示されたが、結局、〈2〉の考え方が採用され、適用除外事項に該当する情報を開示したからといって実施機関の個々の職員が直ちに守秘義務違反で問責されないという考え方で立法化が図られた(「情報開示制度確立に向けて―東京都情報公開懇談会提言―」(以下「提言」という。)。参照)。すなわち、本条各号のいずれかに該当する情報については、実施機関は「開示しなければならない」義務を免除されるにとどまり、開示を禁止する趣旨までは含まないということが前提とされ、その反面において、実施機関には当該情報が適用除外事項に該当しても開示・非開示を決定する裁量権限があるということになる。

そして、「提言」は、適用除外事項と守秘義務との関係について、適用除外事項は、第一次的に実施機関の判断により、形式秘よりも狭いが実質秘よりは広いという考え方を採用している。この考え方によると、第一次的に公文書開示条例の対象となる公文書は、〈1〉形式秘の指定を受けない情報、〈2〉形式秘の指定を受けるが、適用除外事項に該当しない情報、〈3〉形式秘の指定を受け、形式上適用除外事項にも該当するが、実質秘とはいえない情報、〈4〉形式秘の指定を受け、適用除外事項に該当し、かつ、実質秘ともいえる情報に分けられよう。このうち〈1〉〈2〉は当然開示請求に基づき開示され、〈4〉は開示請求によっても開示されない。〈3〉については、「開示しないことができる」が、実質秘とはいえない情報であるから、情報が開示されることによって得られる公共的利益とそれによって侵害される利益とを比較較量した上、前者に比重がある場合には、実施機関は、当該公文書が形式上適用除外事項に該当していても、これを開示しなければならないと解される。すなわち、〈3〉の文書については、裁量権を行使する余地が出てくるわけである。

(二) この点は、他の地方公共団体の公文書公開条例の規定の形式やアメリカ・カナダの海外の立法例を検討の上、適用除外該当情報の公開禁止の意味を含む「公開しないものとする。」という規定形式を採らず、あえて「開示しないことができる。」とするのが適当であるとの提言を行った懇談会の審議過程からも明らかである。

(三) 上記のような解釈は、憲法二一条やB規約によって保障された「知る権利」の解釈からも導き出すことができる。

すなわち、前記のように、憲法二一条やB規約によって保障された「知る権利」を条例によって具体化した公文書開示請求権を制限するには、憲法上ないし国際人権規約上の制約が存し、情報開示請求権を制限する適用除外事項は、その制約に従って解釈適用しなければならない。そして、「開示しないことができる」という規定は、ある公文書が適用除外事項に該当する場合にも実施機関自身になお当該文書を開示するかしないかについての裁量権を与えたものであると解することは、憲法上ないし国際人権規約上の制約に適合するものである。

(四) 以上のような解釈をせず、実施機関は、審議会の議決がある以上、その議決の具体的根拠を問うことなく、開示を拒否すべきであると解すると、審議会が消滅した後に特に会議録を開示すべき公益上の理由が生じたとしても、右審議会において従前の議決を改め、開示の議決をすることが不可能であるから、会議録は開示を永久に禁止されてしまうことになって、実際上も不都合が生ずる。

このような解釈を採ると、実質秘に該当しない情報について、何ら公益上の事由を判断せずに審議会の非開示議決を漫然と引き継ぐことは、実施機関に公文書開示条例が裁量権を与えた趣旨・目的に反し、考慮すべき事項を考慮したとはいえず、裁量権の逸脱・濫用となる。

(被控訴人側)

1  審議会の議決内容

従前の審議会の部会においても、総会の会議録のような正式の文書ではなかったが、会議の議事録としての会議録は作成されていたのであって、本件の非開示議決は、この文書の存在を前提とした上、その外に審議経過等を要約した会議要録を作成して答申後に公開することを決めたものであるから、少なくとも部会の会議録については非開示とする議決がされたことは明らかである。

2  本件非開示議決の適法性

(一) 公文書開示条例九条六号前段の趣旨

公文書開示条例九条六号前段は、合議制機関等が非開示の議決をしたときには、改めてその議決に合理的な理由があるか否かを問うことなく、右議決自体合理的な理由があるものとして、これをそのまま尊重する趣旨と解すべきである。

したがって、合議制機関等が審議資料等の情報について開示しない旨の議決をした以上、その議決は、更にその合理的理由の有無を問うことにより違法無効とされる余地はあり得ないものである。

なお、地方公共団体の住民は、憲法二一条の規定等によって当然には公的情報の開示を請求する具体的な権利を有するものではないのであるから、東京都の公的情報に係る都民の情報開示請求権は本条例によって初めて認められたものということができる。そうすると、いかなる範囲の公文書を開示の対象とすべきかは、専ら条例の制定権者の決定すべき立法政策上の問題であるから、その立法政策の当否は、司法審査の対象外にあるといわなければならない。

(二) 非開示とすべき合理的理由の存在

なお、仮に公文書開示条例九条六号前段により開示しない旨の議決をする場合には非開示とするにつき合理的理由の存在が要求されるとしても、本件については、以下のとおり、非開示とすべき合理的理由が存在した。

すなわち、部会における審議は、総会における審議とは異なり、少人数の委員が部会の答申案をまとめるために具体的、個別的な討論をする場であり、その答申案をまとめるためには微妙な討論の過程を経る必要があるところ、部会の会議録は、部会における審議過程、特に出席委員の発言内容を含む審議の経過を詳細に記録しているものであるから、これが開示されることとなると、部会の各委員に対して心理的圧迫を与えるなどの悪影響を及ぼし、そのため各委員が自由かつ公正な意見を述べられなくなり、ひいては部会における公正かつ円滑な審議運営を妨げられるおそれが生ずることから、審議会においては、部会における会議録を非開示とする旨の議決をしたものである。

3  本件非開示議決に基づく本件各決定の適法性

(一) 公文書開示条例九条本文の趣旨

(1) 公文書開示条例九条本文が「開示しないことができる。」と規定しているのは、条例制定に先立って開催された東京都情報公開懇談会が昭和五九年三月に被控訴人に提出した提言において、「条例において適用除外事項を定めるときは、開示しないことができる情報として規定するのが適当である。」とされたことを受けたものであるが、右懇談会は、「条例上開示しないことができると書かれているからといって、情報開示制度の手続において開示してもよいという趣旨ではないという点」で意見の一致をみ、提言では、「(開示しないことができるとしたことは)情報開示制度の運用に当たって、実施機関の職員に、請求された情報が適用除外事項に該当していてもこれを開示する裁量を認める趣旨ではない。」としている。

(2) このような、同条本文の制定経緯をみると、同条各号のいずれかに該当する情報が記録されている公文書は、実施機関において、実施機関に開示しない権限を与えたにとどまらず、そもそも開示してはならないことになるのである。もし仮に、合議制機関等が非開示とする旨の議決をしたにもかかわらず、実施機関がこれを開示できるとすると、合議制機関等の自主性を尊重し、これらに開示又は非開示の決定を委ねた法の趣旨が没却されることとなり、公文書開示条例九条六号の規定の存在自体が無意味となって相当でないというべきである。

(二) 本件各決定の適法性

控訴人らが開示請求をした公文書は、いずれも審議会第一部会の会議要録以外の情報が記録されている公文書であり、知事の付属機関である審議会が、公開しない旨の議決をしているものであるから、被控訴人が公文書開示条例九条六号に該当するとして、本件各決定をしたのは適法である。

三  証拠関係〈省略〉

理由

一  当裁判所も、本訴請求は理由がないものと判断するが、その理由は、次のとおり付加するほかは、原判決理由説示のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決二二枚目表二行目の「当該要件」とあるのを「当該案件」と訂正し、同二二枚目裏九行目の「ないし三」の次に「及び当審における証人松島良三の証言」を付加する。)。

1  審議会の議決と部会の会議録相当文書の非公開

控訴人らは、本件非開示議決に際しては、会議の要録以外に会議録を作成するかどうかは全く意識されていないし、ここで作成することとされた会議の要録なるものは、内容的に会議録の代替文書としての意味を持つようなものではないから、会議の要録を作成し、これを答申後に公開するということは、当然には「会議の要録は公開するが、会議録は非公開とする。」ということを意味しない旨主張する。

しかしながら、昭和六〇年一月二八日開催の審議会の審議の経緯をみると、原判決認定のように、事務局の担当部長から、公文書開示条例、特にその九条六号の内容や、「従来、総会については、会議及び会議録を公開していたが、部会については、会議は非公開で正式な会議録は作成していなかった。」という従来の取扱いについて説明がされた上、今後は、総会については従来どおりとし、また、部会については、会議自体については非公開とするが、会議録については、審議事項、審議の経過、及び審議の結果などを記載した会議の要録を作り、それを当該案件の答申を得た後に公開するという提案がされ、「部会につき会議の要録を作成し、それを当該案件の答申後にまとめて公表する。」とする点以外は、これまでの取扱いと同じであるということが確認され、然る後、担当部長の提案どおり議決がされていることが明らかである。そして、当審における証人松島良三の証言によれば、部会については、従来、会議録を含む審議資料等は公開しないという事実上の取扱いがされていたこと、また、従来から、部会についても、正式のものではないが、いわゆる会議録に当たる文書が作成され、必要に応じ審議会のメンバーの閲覧に供せられていたことが認められる。以上のような事実関係に照らすと、審議会の議決において考えられていた会議の要録は、要録という名称や担当部長の説明からして、会議の経過を逐一記録したいわゆる会議録の内容を相当程度要約したものが想定されていたというべきであり、公文書開示条例制定との関係で、非公開の部会に関し、新たにこのような文書を作成して一定時点以後に公開することを決めたということは、言葉の上でこそ明示されていないが、当然、従来から作成されていた部会の会議録に相当する文書が念頭にあって、これについては公開の対象としないということをも定めたものであることが明らかであるといわなければならない。そして、公文書開示条例においては、原則として、公文書の公開が定められ、例外的に、合議制機関等情報についてはその議決等により非開示とする余地が認められているのであるから、公文書開示条例の制定を念頭に置いてされた本件の議決は、法的にみると、会議の要録を公開するという点に意味があったのではなく、むしろ会議録に相当する文書は非開示とするという点にこそ意味があったものと解される。控訴人らの主張のように解すると、審議会の議決なるものは、公文書開示条例九条六号の議決としては意味を持たないことになるが、これは前記認定のような公文書開示条例の制定を意識してされた本件議決の経緯と符合しないことになり、不合理である。したがって、右の主張は採用することができない。

このようにみていくならば、本件議決が会議録相当文書は非開示とすることをその内容としていたという点は明確であって、二義の解釈を入れる余地はない。もっとも、原本の存在とその成立に争いのない甲第三七号証の二(乙第六号証)によれば、その後現実に作成された会議の要録の内容は、総会に提出された部会の答申案と余り変わらず、情報公開の趣旨に従い会議録相当文書に代わり作成するものとして充分な内容といえるか疑問がないではない。その意味で会議の要録なるものは内容的にみて会議録の代替文書ではないとする控訴人の主張も理解できないではないが、審議会の事務担当者によって現実に作成された会議の要録の内容がそのように不十分なものであったということは、上記議決の解釈を左右するものではない。

2  公文書開示条例に基づく情報開示請求権

控訴人らは、憲法の知る権利が公文書開示条例五条により情報開示請求権として具体化されたのであるから、この情報開示請求権を制限する九条六号の適用除外事項については、その憲法及び国際人権規約の適合性が審査されなければならないと主張し、それを前提として、九条六号の議決を限定的に解釈すべきことを主張する。

しかしながら、公文書開示条例による情報開示請求権は、憲法二一条やB規約一九条に基礎を置く「知る権利」の保障に密接に関連するものではあるが、控訴人らも認めるように、この具体的開示請求権は憲法や国際人権規約等から直接導き出されるものではなく、また、これについて規定する法律がない以上、これは、あくまで、条例によって創設された権利である。そして、本件のような情報公開の制度を定めるに当たって、地方自治体が、個々の住民に開示を請求する権利を付与するか否か、付与するとしてその権利の内容をどのようなものにするかは、当該自治体が、その制度の趣旨を考慮しつつ自主的に決する問題であって、その当否までが直ちに違憲ないし違法の問題を生ずるものではない。したがって、具体的開示請求権は、これを定める当該条例の趣旨、文言によって決せられるものであって、これを一律に論ずることはできない性質のものである。それ故、もし、当該条例において、まず一般的・包括的に公文書の開示を請求する権利を規定した上で、例外的にその権利を制約する条項を置くような場合であれば、控訴人ら主張のように、そのような権利の制限条項については、これが厳格に解釈適用されるべきは当然であろうし、その際には改めて、別個に憲法適合性等を論ずる余地も考えられなくはない。しかしながら、本件の公文書開示条例は、その文面から明らかなとおり、前記のような構成を採ったものといい難い。すなわち、同条例五条は、控訴人ら主張のように公文書開示請求権を一般的包括的に付与した規定ではなく、開示請求権を行使し得る主体を定めたものにすぎず、開示の実体的要件については直接触れていない。その実体的要件(開示請求権の内容)は専ら九条において定められているのである。なるほど、九条は、「開示しないことができる文書」を定めるという形式を採ってはいるが、その内容は、単に権利を制限する規定ではなく、法令の制限によるものはもとより、個人のプライバシー、あるいは法人の事業活動、公共の安全と秩序維持、都と国又は他の公共団体との関係、合議制機関の議事運営、都又は国等の事務事業に係る意思形成上の支障、あるいはそれら事務事業の公正、円滑な執行等諸々の観点から開示すべきものと開示しないことができるものを分類し、そこに開示しないことができるとしたもの以外の文書は開示するということを規定しているのであって、その実質は、開示の実体的要件を定めたものとみられるのである。そこでは、開示をすることによって得られる利益とプライバシーあるいは円滑な行政の必要等開示されることによって影響を受ける側の利益の両者が考慮され、そのバランスの上に開示請求権が認められているのであるから、その開示請求権は、この条例の趣旨に従って解釈されるべきであって、開示を求める立場からだけ厳しく解釈することは当を得ない。

3  審議会の本件非開示議決の違法性の有無

(一)  公文書開示条例九条六号前段の趣旨

いずれも成立に争いがない甲第九号証の一、二、甲第一一号証、第一二号証、乙第九号証及び弁論の全趣旨によれば、同条例九条六号前段の規定は、控訴人ら主張のとおり、合議制機関等においてその意思形成に関し微妙な討議の過程を必要とする場合があり、開示すれば有用な結論への到達を妨げられることがあり得ないではないことを慮ったために置かれたものと認められるが、同時に、従来は執行機関側が慣行的に合議制機関等の会議録等の開示・非開示を決めていたのを、行政委員会や大学教授会といった合議制機関等の専門的、中立的性格に鑑み、その自主性ないし自律性を尊重する立場から、その判断を専ら当該合議制機関等自身に委ねたものと解される。そして、右で述べたところ及び議事運営規程と議決とを等置している公文書開示条例九条六号の文言(この議事運営規程において開示しない旨を定めるという場合には、当然、情報の非開示を事前かつ包括的に定めることが予定されているというべきである。)に照らすと、合議制機関等が、例えば人事に関する事柄を取り扱う人事委員会の会議録は原則として開示しないと定めるというように、事前かつ包括的な形で、情報を開示しない旨の議決をすることも当然許されるというべきである。

もちろん、合議制機関等も、都の機関である以上、当然、議決に当たり、公文書開示条例三条等の趣旨に沿って行動するよう期待されているといえる(控訴人らがこの関係で引用する立法関係者の発言は、いずれもこの期待を述べていると解される。)から、例えば、情報公開に反対して必要もないのに故意に非開示を決めたような場合を考えると、議決が違法になる余地もないわけではないが、前記のように、開示するか否かの判断は合議制機関等の自主的判断に委ねられ、しかも事前かつ包括的な形で非開示を定めることも許容されていると考えられるから、控訴人主張のように、合議制機関等が、非開示議決をするに当たり、公文書に記載した情報の具体的内容を検討し、当該情報を非開示とすべき実質的理由の有無を個別具体的に判断しなかったとして、その議決の違法をいうことはできない。

なお、控訴人らの主張する立法に至る経緯なるものも、非公開とする行政情報の範囲がいたずらに拡張されないため、非開示とすることができるものの範囲をできるだけ明確かつ限定的に規定したというものであるところ、その具体化の結果が九条各号なのであるから、控訴人ら主張の立法の経緯から、九条六号前段の「議決」につき、更に明示されていない要件を付加して解釈すべきものであるとはいえない。なお、公文書開示条例一〇条が公文書の一部開示について規定していることも、右解釈を左右するものではない。

(二)  その他本件非開示議決の違法性の有無

(1) 控訴人らは、本件の開示請求の時点では、本件会議録に係る環境影響評価審議は既に終了していて、開示されたとしても、本件審議会の審議において有用な結論への到達を妨げるおそれが生ずることはおよそあり得ないのに、本件非開示議決ではこのような点を考慮せず将来にわたって全面的に非開示としたことや、控訴人玉乃湯及び控訴人板井が請求する本件審議会第一部会の会議録のうち委員の出欠を記載した部分や事務局説明部分については、開示することによる弊害は認められないのに、本件議決においては一〇条の趣旨を顧慮せず、一律ないし包括的に非開示としたことを挙げて、審議会の議決の違法を主張する。しかし、前記のように、公文書開示条例九条六号は、合議制機関等の自律性を尊重して会議録等につき非開示とするか否かについての判断を委ねているところ、一般に、合議体における自由闊達な審議の保障のためには、審議が終了した後といえども、審議の過程での発言内容等が外部に公開されない保障のあることが必要な場合があることも充分考えられるのであるから、本件非開示議決が、環境影響評価審議の終了後も含め全面的に非開示を定めたからといって、その判断が合理性を持つ判断として許容される限度を超えたものであるとはいえず、審議会が違法な議決を行ったということはできない。

委員の出欠の記載についても、本件のような少人数の部会(成立に争いのない甲第四〇号証によれば、一〇名と認められる。)においては、当日の出欠状況が判明することにより委員の出欠自体のほかその発言が推定される事態も考えられないではなく、また、事務局の説明も部会における委員の議論と密接に関連するものであると考えられるから、前同様、一律に非開示としたことをとらえ直ちに違法な議決ということはできない。

そのほか控訴人らの主張するような事情、すなわち、原審の判決に従い開示された文書をみるといずれも開示することによって有用な結論へ到達することを妨げるような内容のものではなかったとか、他の自治体では同種文書を開示しているとかの事実があったとしても、直ちに本件非開示議決が違法となるものではない。

(2) また、控訴人らは、審議会の会議録は公開していることをとらえ、部会の会議録のみ非開示とすることに合理的理由はない旨主張する。しかしながら、前掲甲第四〇号証、成立に争いのない乙第二号証及び原本の存在と成立に争いのない甲第二八号証の二並びに当審における証人松島良三の証言によれば、部会は、所掌事項を調査審議させるため、必要に応じて置かれるもの(東京都環境影響評価審議会規則(昭和五六年規則第七〇号)三条一項)で、審議会そのものに比べると少人数(一〇人程度)のメンバーから構成され、専門家の委員を交え機動的・効率的に審議会の総会において審議される答申案の原案を検討するという目的を有していたことが認められる。そうすると、審議会の総会と部会とでは自ずと審議の有り様も異なる点が生ずると考えられるから、その特質に応じ、会議録の取扱いを別にすることが直ちに合理性を欠くとは断定できない。なおまた、部会における不確定な形成過程の論議を逐一公開しなくとも、後にその要録を公開し、かつ、公開の審議会において部会の作成した答申原案を討議することが予定されているのであるから、これによって審議会の審議状況は総体として公開が制度的に担保されているということができる。したがって、その議決が控訴人ら主張のような理由で違法無効になるということはあり得ず、その主張は採用できない。

4  開示に関する実施機関の裁量権の有無

(一)  控訴人らは、公文書開示条例九条本文の「開示しないことができる。」という文言は、裏返してみれば、同条各号に該当する情報を職員が公開しても守秘義務違反により問責されないという考え方を表わしたものであって、公開を禁止することまではしていないのであるから、実施機関としては、情報が同条各号に該当してもなお開示・非開示を決定する裁量権があるとし、本件において、実施機関である被控訴人は、審議会の非開示議決を鵜呑みにして、具体的事情を何ら考慮することなく漫然と本件非開示決定処分をしたものであるから、右処分は違法であると主張する。

しかしながら、実施機関の職員が同条各号に該当する情報を開示した場合に直ちに守秘義務違反で問責されないとしても、そのことから直ちに、同条各号に該当する場合にも、なお実施機関は開示請求に応じて開示するか否かの裁量判断をすべきであるという結論は導き出されるものではない。むしろ、成立に争いのない甲第六号証によれば、公文書開示条例において、「開示してはならない」といった文言を採用せず、「開示しないことができる」との文言が採用されたのは、同条各号と守秘義務の範囲が一致するかのように受け取られることを避けることを目的としたためであり、懇談会においては、公文書開示条例において「開示しないことができる」という表現を採用したとしても、それは、情報開示制度の手続において開示してもよいという趣旨ではないという点で、意見は一致していたことが認められる。このような立法の経緯に照らすと、公文書開示条例上の開示請求権の内容は、あくまで同条各号に該当しない限り開示を求め得るに止まると解釈すべきで、同条各号に該当するという理由で非開示決定をしたことが、公文書開示条例により付与された情報開示請求権を侵害したとして違法と評価される余地はないものというべきである。ただ、当該文書につき当然に守秘義務が働くとはいえないことから、一般論としては、守秘義務のない文書について、公開の余地があるとはいえる。しかし、例えば公益上の理由等からこのような守秘義務が働かない文書を公開するとした場合、それは、公文書開示条例に基づく義務的な開示ではなく、純粋に地方自治体の任意の意思に基づき実施する開示とみるべきである(「提言」一五頁参照。なお、当該合議制機関等の自主的判断を尊重することとした九条六号前段の趣旨に照らせば、執行機関による右のような任意の開示も妥当とはいえない場合があろう。)。

(二)  なお、控訴人らは、前記のように解すると、審議会が消滅した後で特に会議録を開示すべき公益上の必要性が生じたとしても、右審議会において従前の議決を改め開示の議決をすることは不可能であり、会議録の開示が永久にできなくなって不都合であると主張する。しかしながら、特に開示すべき公益上の必要が生じたような場合には、前記のように、任意の開示も可能であるから、特段の不都合は考えられない。

したがって、控訴人らの主張は採用することができない。

二  以上、控訴人らの主張はすべて採用することができず、控訴人らの本訴請求を棄却した原判決は相当であって本件控訴は理由がない。よって、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 千種秀夫 大坪丘 近藤壽邦)

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